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2017|広島市安佐南の産婦人科 フジハラレディースクリニック

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アーカイブ : 2017年

『月刊ザ・フナイ』2月号2018が発売になりました!
赤塚高仁さん、舩井勝仁さん、私の巻頭特別鼎談『「生」と「死」の常識が覆る』前編を是非ご覧ください。
なかなか面白い鼎談になっております


2017.12.29  blog

『お産とコーチング』37~「可能を開く」「無一物中無尽蔵」

コーチングで言うところの「パラダイムシフト」を解説する時に、「あなたがあなたのままで欲しい結果を手に入れる」と説明します。
「パラダイムシフト」とは、「価値観の枠組みを変えること」です。
あなた自身が変わる必要はなく、あなたの物事の見方や捉え方を変えてみるだけで、扱える物の範囲や容量が増え、今まで扱えなかった物が扱えるようになり、欲しい結果へとつながっていくのです。
この状態を「可能を開く」と言います。
「可能を探す」のでも「可能を得る」のでもなく、「可能を開く」のです。
つまり、可能は元々あなたの中にあるのです。
あなたの中にある、閉じていた「可能を開く」のです。
禅の言葉に「本来無一物(ほんらいむいちもつ)」というものがあります。
「人間は生まれながらにして持っているものは何一つない」という意味です。
他には「無一物中無尽蔵(むいちもつちゅうむじんぞう)」という言葉があります。
「何もないところにこそ全ての可能性が秘められている」という意味です。
「本来無一物、無一物中無尽蔵」と並べると、「人間は生まれてくる時何も持たないで生まれてくる。唯一持っているのは無限なる可能性である」という解釈となります。
生まれてきた時、赤ちゃんの時は、誰でも皆、無限なる可能性を持っているのです。
それを成長過程の中で、知らず知らず自分の可能性に制限をかけていっているのでしょう。
お産に関して言えば、フジハラレディースクリニックでお産する人は、怖くない!痛くない!笑顔のつぐお式出産を皆できる、ということは、皆それぞれに自分の中に「お産を楽しめる」可能を元々持っていて、それをちゃんと開いていっている、ということです。
自分の可能性にストップをかけているのは自分です。
もっと言うなら、自分の脳です。
「お産は怖いもの・痛いもの・辛いもの」というパラダイムをシフトして、可能を開き、お産をどうぞ楽しんで満喫してくださいね。
「可能を開く」この言葉を覚えていてくださいね(*^^*)

※過去の記事については、随時アップしていきますのでお楽しみに(^^)/


2017.12.24  コーチング

物事について、どんな広がりのイメージを持つか、人それぞれ自由です。
今日は、「閉じた」イメージと「開いた」イメージ、の話をしましょう。
「閉じた」イメージとは、目には見えないのですが、自分の周りに、囲いや仕切りがあって、閉ざされた狭い空間の中で生きて、生活して、思考している、そんな感じです。
反対に、「開いた」イメージとは、自分の周りに、囲いや仕切りなどなく、どこまでも広がる、広々とした空間の中で生きて、生活して、思考している、そんな感じです。
何となくおわかりいただけるでしょうか?
癌という病気を持っている人がいたとします。
その人が、「閉じた」イメージの世界観で生きていたなら、自分の意識が癌にばかり集中してしまい、癌を進行させてしまうことがあるのです。
その人が「開いた」イメージの世界観で生きていて、山登りしたり、演奏したり、など好きな趣味があれば、私の体の中に癌という病気があることは認める、でも私は、好きなのでどんどん時間を作って山に登るんだ、あるいは演奏を楽しむんだ、と思って生活していると、意識が癌にばかり集中していないので、あまり進行しないことがあるのです。
実は、これは、癌の人などの「生きがい療法」と言われていて、実際に行われている、ある種の治療法です。
このように、「閉じた」イメージではなく、「開いた」イメージの方が、病気など困難な事態は乗り切りやすいのです。
まだ分娩になってはいけない早い時期に、子宮口が開いてきたり、子宮頸管が短くなったりするのを「切迫早産」と言います。
そのような状況になれば、病院の医師からは、入院して切迫早産の治療をすすめられることが多いです。
入院したら、トイレと洗面以外はベッド上安静で、切迫早産治療(張り止めの薬です)の点滴を24時間ぶっ続けで、ずっと毎日行います。
入院した部屋が大部屋だったら、その部屋に入院している人は、全員切迫早産であることが多く、皆24時間点滴を毎日のようにしています。
そういう環境下では、多少世間話をすることはあるでしょうが、口に出すかどうかは別として、自分の意識のフォーカスは、早産するかどうか、今日は大丈夫か?明日はどうだろう?みたいなことばかりになってしまいます。
それは無理からぬことです。
しかし、入院していなかったら、張り止めの薬は飲みながら、なるべく派手に動かないようにして、でき得る限りの安静には気をつけていたとしても、家にいたらいたで、多少の家事はしないといけない、子供の面倒はみないといけない、近所に買い物ぐらいは行かないといけない、とまあ、何だかんだやることはあるものです。
ですから、気にはなるものの、四六時中、早産するかどうかばっかり思ってはいられません。
産科学の常識から考えると、切迫早産の人は、入院管理して、安静度を高め、連日24時間点滴治療をした方が、より早産を防ぎやすい、です。
理論上はその通りですし、何もおかしいことはありません。
しかし、私は今まで出会った妊婦さんで、通常妊娠36週(10か月の初め)から子宮口が開き始めるのですが、30週過ぎから子宮口が開き始め、現状をよく説明し、張り止めの内服薬を飲んでもらい、子宮口がゆるみやすい食べ物(バナナ・ヨーグルト・蜂蜜・カレーetc.)を避けて、子宮口が閉まりやすい食べ物(梅干し・ごま塩・根菜etc.)を毎日食べるように指導し(と言っても開いた子宮口はもう閉じません)、入院せず自宅で過ごしてもらうようにして、予定日頃まで出産にならずにいたケースを一杯経験しています。
妊娠30週過ぎから子宮口が開き始めるのは、正直言って相当早いです。
ほとんどの産婦人科医はその妊婦さんを入院させるでしょう。
同じ人の同じ時期について、入院した場合と入院しなかった場合の2パターンを試してみることができないので、結果の違いを検証することはできませんが、案外入院管理した人で早産してしまう人も多いように感じます。
医学的な理論は全く間違っていないのですが、入院すると、「閉じた」イメージを作ってしまい、早産するかどうかに意識が集中し過ぎて、結果的に早産の方向に進んでしまうことがあるのでは?と推察しています。
切迫早産なのに入院しないで自宅で生活していると、他にやらなければならないことがあるので、早産にばかり意識が集中しない「開いた」イメージの中で生活しているために、だんだん自分の中で「大丈夫そう」と思い始め、そのうち「絶対大丈夫だ」という気持ちにまで至り、結果的に早産しないで正期産の時期まで行けることがあるようです。
その人自らが「絶対大丈夫」と確信していたら、本当に大丈夫なことは多いです。
もちろん、これはケース・バイ・ケースだと思いますので、入院するより自宅で過ごす方が、結果的に絶対によい、とまでは言えません。
ただ言えることは、八方塞がりのような、袋小路のような、「閉じた」イメージを持って過ごすよりも、どこまでも広々としている「開いた」イメージで過ごす方が、何事も結果的に良い方向に進みそうです。
今日は、「閉じた」イメージと「開いた」イメージ、のお話でした(*^^*)


2017.12.23  コーチング

先日、ある妊婦さんと健診の時お話しました。
その方は、フジハラレディースクリニックで3回お産されていて、今4人目のお子さんを妊娠中です。
毎回ラクに楽しく出産できるので、「毎月出産したいです」を私に仰っているほどです。
その妊婦さんが、他の病院で出産されたお友達との会話を教えてくれました。それは、以下のようなものです。
「お産はラクで楽しいけど、つわりの方がしんどいわ。」
「ええー?お産の方がしんどいよ。死ぬかと思ったよ。」
「でも、フジハラで3回産んだけど、毎回ラクだったよ。」
「アンタはね。どこで産んでもラクに産める、そういうタイプなんよ。」
「お姉ちゃんもフジハラで2回産んでるけど、お姉ちゃんもラクだったよ。」
「じゃあ、アンタんとこは、ラクに産める、そういう家系なんよ。」
という感じで、フジハラでは皆ラクに楽しく出産する、というのを全然信じてもらえなかった、とのことでした。
どうしても認めたくないのでしょうね(*^-^*)
それを聴いた私は、「その人自身がうちでお産してもらわないと、信じてもらえなさそうだね。」と言って笑いました。
確かに、一般的には、どこで産んでも、誰が産んでも、お産は怖い・痛い・辛い、というのは、定説になっていて、楽しめたり、幸せに感じたり、はなかなかないようです。
そのように固定観念化されていると、多くの方々の、お産に対するイメージは、なかなか変わり様がありません。
また、お産をされた方は、「お産は楽しいよ」「すごく素敵で幸せなものよ」と言うより、家族や友人に対しては「こんなに大変なのよ」「アンタも覚悟しといた方がいいよ」みたいなことを言いたい、そんな感じになっているのかもしれません。
私は、当院に通う妊婦さんたちには「いいお産のための3つのアドバイス」や「いいお産のための3つのコツ」をお伝えすることにより、具体的に現実的に、いい意味での、いいお産へ導くお手伝いをしています。
それらを実践することにより、いいお産へ確実に近づき、その方が楽しめて幸せを感じ、満足感を得られるように必ずなれると思います。
『成功恐怖』という言葉をご存知ですか?
例えば、ダイエットを試みる人、大半の人が失敗します。
職場でも、皆が食べる3時のおやつにも手を付けず、ずっと頑張ってきて、もう少しで目標体重まで下げることが達成できそう、そういうところまで来ているのに。
「今日くらいいいよね!」と言って自らあっさり3時のおやつを解禁してしまう。
周りにこういう人よくいるでしょう。
ダイエットに失敗する人の方が大半なので、その他大勢の安住の地の方へ行ってしまうんです。
「うまくいくことが怖い」「現実化してしまうことが怖い」
こういう心理状態のことを『成功恐怖』と言います。
そのままシンプルに素直に続ければ、必ず成功するのに、それが何だか怖くなってドロップアウトしてしまうのです。
物事全てがそう、という訳ではないんですよ。
子どもの頃、生まれて初めて補助なし自転車に乗った時は、何回も転んだり失敗したでしょう。
でも、誰もが大体そうであるように、いつからか普通に自転車に乗れるようになります。
もしも世の中の大半の人が、大人になっても補助なし自転車に乗れないものなら、安住の地である、乗れない方に行ってしまうでしょう。
お産に関しても、「ラクに楽しく産めた」という感想が、世の中的には極めて少数派であるために、大半の人がその方向に進めず、認めたくもないのでしょう。
しかし、ラクで楽しいお産の方がいいですよ。
そういうお産の方が、良かった!また産みたい!という気持ちにもなれますし、産んだ後に始まる、子育ても家族づくりもスムーズです。
あなたも、「脱・成功恐怖」でラクで楽しいお産を! 素晴らしい人生を!


2017.12.21  コーチング

12月9日は、フジハラレディースクリニックのクリスマス会『みんな DE ほのぼの X’mas 2017』を開催しました。
例年は、『落語 DE X’mas』と題して、私が落語をやったり、ゴスペルがあったり、他の演奏や出し物があったり、とやっておりましたが。
今回は、皆で楽しもう!というコンセプトのもと、今までと趣向を変えて、チラシやポスターを作ったり、『院長のひとり言』やFacebookやインスタグラムに繰り返し投稿し、告知してきました。
大勢の人に集まってもらいたい!という気持ちはありましたが、実際にはどれぐらい集まるんだろう、50-60人は来てもらいたいな、最少でも30-40人来てくれるかな、と思っておりました。
しかし、当日は、人人人人人人人人・・・\(^o^)/
小さな赤ちゃんやお子さんまで数えれば、軽く200人以上はいた感じ。
ものすごく大勢の方々に来てもらいました。
本当にありがとうございました(*^^*)
玄関でご参加の皆様に、パーティー用のとんがり帽子とクラッカーを配り。
まずは、私のトロンボーンによる『Joy To The World(もろびとこぞりて)』のファンファーレ風?で始めて。
私の「せーの!」の掛け声で、皆で「メリークリスマス!」クラッカーを鳴らしました♪
当院で出産されたお母さんたちに、出産の感想をマイクで喋ってもらいました。
母親学級で流している当院の出産や座談会のDVDに登場している人たちもいて、オー!という歓声。
フジハラで出産した人たち同士、初めてあった人同士でも、楽しく賑やかにワイワイガヤガヤ。
出産を終えたお母さんが今妊娠中の方に「大丈夫よ~」「先生は神じゃけぇ安心して」とか直接話しかけてる人もいました。(神ではないですけどね(*^-^*))
生後3日の赤ちゃんとお母さんも登場したりして(入院中、ってことです)大盛り上がり。
「先生うちの子供抱っこして写真撮って!」「重たいから早くシャッター押して!」「皆でアイーンの顔して写真撮ろう」とか、何だかお祭り騒ぎです♪
三滝ハンドベルクワイアの演奏は、華麗で上品で素晴らしかったです。
むささび農園さんの有機栽培のお米や野菜の販売、P.BERRYさんのカフェインレスコーヒーの試飲&販売、レトワールフリヨンの天然酵母パン販売、当院スタッフのミニ玄米むすび&マクロビクッキー、アクセサリー、バスソルトの販売、骨盤整体。
ぜ~んぶ盛り上がっておりました\(^o^)/
あるお母さんから、
「ここで皆楽しいお産ができたから、皆ここに集まりたいんですよ♪」
と言われました。
本当に有り難いことです(*^^*)
ご参加の皆様、ありがとうございました。
是非また遊びに来てくださいね!(^^)!


2017.12.12  イベント

「産む機械」発言というのを覚えていますか?
これは、2007年1月当時の柳澤伯夫厚生労働大臣が『これからの年金・福祉・医療の展望について』を議題について講演した際に、少子化対策についての話の中で、女性を産む機械に例えた発言をした、と報道され、ニュースやワイドショーではかなり批判されました。
実際の講演では、「機械って言っちゃ申し訳ないけど」「機械って言ってごめんなさいね」という言葉を挟みつつ、「15‐50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは頑張ってもらうしかない。」というものでした。
比喩としては問題があったと思いますが、「女性は産む機械だ」と言おうとした訳ではないので、そこだけを切り取って、反政府のマスコミや野党の格好の餌食となり、今流行りの?「偏向報道」がなされた訳です。
言うまでもなく、出産するお母さんは「産む機械」ではありません。
前回までは他の病院で出産して、今回初めてフジハラレディースクリニックで「つぐお式出産」を体験されたお母さんは、口々にこう言われます。
「初めて『産んだ』気がする!」と。
このように言われないことはないぐらいです。
私が「今までのお産はどうだったの?」と聞くと、
「今までのは『終わった』って感じ。」そう言われます。
赤ちゃんを産んだ後に、『終わった』と思うのと、『産んだ』と思えるのは、かなり違った感想です。
『終わった』というのは、何か嫌なものや苦しかったものが、やっと終わってくれた、という感じ。
『産んだ』というのは、まさにそのまま、産んだ、という感じです。
感じるというのは、自然で素直な心のあり様なので、やっと「終わって」くれた、と感じた人に、「産んだ」と思え、と言ってみたところで、それは無理なことでしょう。
同じお産を経験するなら、「終わった」ではなく、「産んだ」と思えるお産をやってもらいたいものです。
お父さんお母さんを選んでやって来てくれた赤ちゃんに感謝し、妊娠中から家族づくりが始まっているので、お腹の中の赤ちゃんに毎日一杯話しかけて、お産の時には陣痛を体感できることに感謝し、「ありがとう」や「ハッピー」をテーマに、赤ちゃんが産道を通って生まれてくれる様子を全部味わってみたら。
「産んだ」と思えるお産を体験できるでしょう\(^o^)/
お産は、誰がやっても何処でやっても、お産はお産。
陣痛が始まり、赤ちゃんが産道を通って、生まれるものです。
コインの裏表の例えのように、物事は見ようと思う景色に必ずなるものです。
妊娠出産は、人生の縮図と言われます。
それぞれの人に、それぞれの家族に、それぞれのドラマがあります。
全てを味わい尽くしましょう。
機械のように「終わった」ではなく、「産んだ」と感じられるように(^^♪
次回もまたどうぞお楽しみに(*^^*)


2017.11.19  コーチング

フジハラレディースクリニックでは、妊婦さんに「どんなお産がしたいですか?」という「バースプラン」を書いてもらっています。
母親学級では、私がリードして「お産を『どう』または『何をして』楽しみますか?遊びますか?」というワークをやっています。
ここで得られる回答は「バースプラン」というよりも「バースデザイン」と言った方がいいかもしれません。
一般的に、「プラン」は「計画」「設計」を表し、頭の中で考える程度の浅いものが多く、「デザイン」はアイデア的な意味合いが強く、価値観に基づくものも多い、とされています。
だったら、やっぱり「バースプラン」よりも「バースデザイン」の方が良いのかなあ。
妊婦さんに書いてもらった中には、色々なものがあり、「甘えるとダメになるので分娩進行中も厳しく指導してください」と書く人もいますが、「叱られると凹むので、褒められると伸びるタイプなので、どんどん褒めてください」と書く人もいます。
前回も述べましたが、私は厳しくしているつもりは特にありませんが、分娩進行中は、わかってもらえるような説明をして、できている状態を認めてあげてから、褒めるようにしています。
実際の分娩進行中に、私やスタッフに「心細いので離れないでずっと傍にいてください」という人もいますし、ご主人様に「ずっと優しい声をかけて!」とか「ずっと腰をさすって!」などと言われる方もいます。
まあ、フジハラで産む人は。明るくて元気でたくましい人が多いので、こういう人は少ないですけどね。
「いてくれないと困る!」「かまって!」「何かして!」という風に、どんどんエスカレートしていくと、その人の依存心が高まり、その人自身はどんどん弱くなっていってしまいます。
依存心は、人間を弱くさせ、時には病気にもなりやすくします。
人間は、他人から頼られれば、嬉しくなったり誇らしく思えたりイイ気分になったりしがちですが、適度な関係性を保っておかないと、相手の依存心を作り高めてしまいます。
ですから、医師や先生など頼られる立場にいる人は、相手のことを思えばこそ、相手に依存心を作らせないように注意して、きちんと立場を取っていかなければなりません。
特にお産の時などは、妊婦さんが依存心が高まり、すごく弱気に陥ってしまうと、赤ちゃんにもそれが敏感に伝わり、赤ちゃんはビビってしまうのです。
そうすると、赤ちゃんは分娩進行中にやや尻込みしてしまい、うまく進んでくれなくなることもあります。
分娩進行中のお母さんは、お腹の中の赤ちゃんに向かって、
「お母さんは陣痛が強くなっても全然平気だからね。あなたは何も気にしないでどんどん進んで生まれてきてね!大丈夫だから!」
と、ドーン!と強くて広い気持ちで赤ちゃんに接してあげることが大切です。
私は、妊婦さんたちには、弱気は禁物!強気で行こうね!といつも言っています。
「産む」主役はお母さんですからね。
時々、悪気はないのですが、口の悪いお母さんで、こういうことを言う人がいます。
「旦那は居ても何の役にも立たないから、居てもいなくてもいいけど。先生にはずっと傍に居て欲しいんです!」
私は、頼りに思ってもらえるのは有難いことですが、そういう人には、こうご返事します。
「こらこら!居てくださるご主人様に対して、役に立つとか立たないとか、そういうんじゃなくて。『何もしてくれなくてもいいの。産むのは私だし生まれるのは赤ちゃんだから。何もしなくても、いてくれて見守ってくれてるだけでいいの。』そう言ってあげなさい!」
そうすると、皆「は~~い」と低音で返事をしています。
お産は、「産む」主役はお母さん、「生まれる」主役は赤ちゃん、「応援する」主役はご家族、「サポートする」主役は産科医とスタッフ、です。
依存心を持たず、「産む」という強い気持ちを持って、ご家族に対しては、「いてくれるだけでいいの」「ありがとう」という感謝の気持ちを持ちましょう。
次回もお楽しみに(*^^*)


2017.11.17  コーチング

お産について言えば、「産む」主役はお母さん、「生まれる」主役は赤ちゃん、「応援する」主役はご家族、「サポートする」主役は、私たち産科医や産科スタッフです。
分娩室で、お母さんが落ち着いて上手にできている時、サポートする主役の私は、お母さんをものすごく褒めることがあります。
お上手~!落ち着いてるね~!素晴らしい!グッド~!etc.etc.
賞賛の嵐です\(^o^)/
反対に上手くできてない人には、褒めません。
できてないよー!全然ダメ~!顔が怖いよ~!etc.etc.
ええ~先生ひどい!頑張っているお母さんにダメ出しはひどいんじゃない!と言われる方もおられると思いますが。
まあまあちょっと落ち着いて聴いてください(*^-^*)
産科医や助産師でも、お産の時に、お母さんがあまり上手くできていない時でも、やたら褒める人がいます。
いいよいいよ~。大丈夫大丈夫~。できてるできてる~。etc.etc.
本当にできていればいいのですけど、上手くできていない時にもそう言われると、お母さん自身も決して上手くできているとは思っていないはずなのに、何が良くて、どこが大丈夫なのか、おそらく、ちんぷんかんぷんでしょう。
私もやっていますし、褒めるのが全ていけない、とは思いませんが、上手くできるようにリードしてあげもせず、取り繕うようにただ表面的に褒めるのは無責任ですし、お産するお母さんに対してもかえって失礼というものでしょう。
子育ての分野でも、一昔前は「褒めて育てるのがいい」とされていましたが、最近では「褒めて育てると、子どもは伸びない」とも言われています。
子どもは、褒めて育てられていると、褒められることしかしない、人の顔色をうかがう、自分で「いい」「悪い」が判断できず、決定できない、本当の価値がわからない、となってしまう可能性があります。
じゃあどうしたらいいの?ということになりますと、「褒める」よりも「認める」。
「褒める」と「認める」は、似て非なるものです。
簡単な例文を示しますと、子どもに対して「お手伝いできてエライね。」(褒める)という相手に対する評価、ではなくて、「お手伝いしてくれて助かった。ありがとう。」(認める)という自分の気持ちを伝えることにより、褒めてもらえるからやるお手伝い、ではなくて、お手伝いをしたことによりお父さんお母さんの役に立った、お手伝いの価値を実感する、ようになります。
「褒める子育て」ではなくて「認める子育て」を実践することにより、自発性のある子、創造力のある子、コミュニケーションのある子、責任感のある子、に育つようになると言われています。
これは、大人に対しても同じようなことが言えるでしょう。
岸英光さんの著書『ほめない子育てで子どもは伸びる』の「はじめに」の中に、次のような文章があります。
「ほめる」は一般的にはよいこととされています。
企業では「部下のほめ方」が研修で行われ、書店には「ほめる技術」がノウハウ書の上位にあり、ちまたでは「夫をほめる講座」まで開かれている世の中です。それらは一見、うまくいきそうな感じがします。
でも、ほんとうにうまくいっているのでしょうか?
無理矢理いいところを見つけて、ときには心にもない台詞を言うことや、相手を操ろうとする意図が見え隠れする、そこにほんとうの信頼関係があるのでしょうか?
私的には、『褒める』ことが全くもって悪い、ということはないと思っていますが、ただ無責任に褒めるのではなくて、きちんと『認めて』から『褒めて』あげるのがいいと思います。
例えば、お産の時に、あまり上手くできていない人がいたならば。
一つひとつマスターしていこう!
まずは呼吸、ゆっくり長く吐いて、吸うときは短く吸って、短く休んで、また長く吐こう!
呼吸が整うと、体も心も整って楽になるよ。
返事をしたり、会話をしたりすると、落ち着けて楽だよ。
目を開けている方が絶対楽だよ。
めっちゃ笑顔でやってごらん。痛みも楽になるから。
などなど一杯声をかけてあげて、上手くできるようになったら、思いっきり褒めてあげたらいいんじゃないでしょうか。
だから、サポートの主役である私は、お産の時は大忙しです。
上手くできているお母さんには、ただ褒めるだけですが、上手くできていないお母さんには、叱ったり、冷静にさせたり、コツを教えたり、盛り上げたり、持ち上げたり、褒めたり、なかなか大変です。
色々言っている間に、だんだん落ち着いて上手くできるようになる人がほとんどですが、中には言っても言っても上手くできず、そのままお産が終わってしまう人もいます。
そうなると、残念ながら?先生に叱られっぱなしで終わった、と言われることもあります。
私としては、その人が舞い上がって落ち着かず、上手くできていなくても、最後の最後の1分だけでも、たった30秒でも、アップセットから降りられ、着地(グラウンディング)できて、赤ちゃんが生まれ出る瞬間を実感できたなら、お母さんの満足度はグンと上がることになります。
その一瞬を信じて、私はお母さんにギリギリまで一杯声を掛けます。結構必死です(*^-^*)
一生懸命喋り続けたら、この人はきっとわかってくれるはず、その思いでやっています。
妊婦さんたちも私を信じてついてきてくれているように、私も妊婦さんたちを信じています。
「褒める」だけでは、本当の信頼関係は生まれません。
今日は、「褒める」よりも「認める」、というお話でした(*^^*)


2017.10.24  コーチング

いやあ、最近めっきり寒くなったので、鴨鍋であったまりたいねえ、という話じゃないんですよ(*^-^*)
鴨鍋に日本酒でもあれば嬉しいですが、それはまあさておき。
相手を良い結果に導きたい時に、「絶対できると信じましょう」とか「自分はできると唱えましょう」と言う人がいますが、それは大体うまくいきません。
自分に対しても同じです。
分娩進行中のお母さんに対して、こちらから「落ち着いてやりましょうね~」とか「お産を楽しみましょう!」などと言った時に。
「ハイ!わかりました!」「楽しみます!」と軽やかに返事ができる人は、結果的に落ち着いて楽しいお産ができているようですが。
そうではなくて。
自分で自分に向かって言い聞かせるように、「落ち着いて落ち着いて落ち着いて」とか「できるできる」「楽しむ楽しむ」などと言っているお母さんたちは、あんまりうまくできないことが多いです。
価値観を無理矢理変えようとしても、特定の見方や考え方を無理に刷り込もうとしても、急にそのようにはシフトできないものなんです。
例えば。
陣痛があったら、それを耐えなければいけない、戦わなければいけない、ということは、そもそもありません。
陣痛があったら、苦しい顔をしなければいけない、ということも、もちろんありません。
「落ち着いて落ち着いて」とあまり思ってもいないのに自分に言い聞かせるよりも、軽やかに「ハーイ楽しみまーす」と言えれば、すごく楽にお産することができます。
それができないのよ、という方には、「かも」のススメです。
陣痛がある時に、自分に一杯「かも」を出してみましょう。
落ち着いてやってみてもいいかも。
楽しんでもいいかも。
ビデオ撮りながらお産してもいいかも。
吹き戻し吹きながらお産してもいいかも。
クラッカー鳴らしたりくす玉割ったりしてもいいかも。
めっちゃ笑ってやってもいいかも。
思いっきり遊びながらやってもいいかも。
ね。素敵でしょ。
「かも」は、「ねばならない」という窮屈さは全くなく、軽やかなものです。
「かも」は、魔法の言葉ですね。
困った時は、「かも」でブレークスルーしちゃいましょう!
イェイ\(^o^)/


2017.10.19  コーチング

赤ちゃんがやって来てくれた喜びはあると思いますが、お産については不安に思っている妊婦さんも多いことでしょう。
これまで、コーチングセンスとして「分別」「横に置く」についてお話したことがあります。
「お産について不安に思うこと」と「いいお産ができるかどうか」は別のことです。
不安に思っていても、満足いく楽しいお産はできることもありますし、不安に思っていなくても、満足いくお産はできないかもしれません。
この考え方や捉え方を「分別」と言います。
本当の意味での、「有ること」と「ないこと」にきちんと分ける考え方です。
とかく人間は、結びつけなくてもいい事柄と事柄を、頭の中で結びつけて、勝手に結論を決めてしまう傾向があります。
「分別」できたら、この不安を「横に置いて」おけば大丈夫です。
不安な気持ちがないのであれば、それはそれで楽チンです。
例えば、子どもの頃、補助なし自転車を初めて運転した時は、誰でも皆、転ぶんじゃないか、転んだら痛いんじゃないか、という不安と恐怖感で一杯だったでしょう。
やっぱり転ぶし、転んだらやっぱり痛いし。
でも大人になって、補助なし自転車に乗って、転ぶんじゃないか、痛いんじゃないか、と不安や恐怖一杯の人はあまりいないでしょう。
で、転ばないでしょう。
大人になっても、転ぶんじゃないか、転んだら痛いんじゃないか、と思っていたら、多分転ぶんじゃないでしょうか。
だから、不安に思っている方がうまくいかない、というのもあると思います。
しかし、不安であれば、必ずうまくいかない、ということはない訳で。
お産に対する不安感や恐怖心に、特別あがらうことなく、「不安でもいいんだよ」「怖くてもいいんだよ」「緊張してもいいんだよ」という気持ちで臨めばいいと思います。
「横に置く」というのは、打ち消している訳ではなく、「持ったまま」ということなのですから。
例えば、私はお産は不安だ、怖い。ハイ。マル。オワリ。
私は、いいお産をする!お産を楽しむ!
こんな感じです。
いかがでしょうか(*^^*)


2017.10.05  コーチング