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ブログ Page 6|広島市安佐南の産婦人科 フジハラレディースクリニック

TEL 082-850-1815

フジハラレディースクリニックは、生命が誕生する場所でありますが、本日は、生命が終わってしまったことを書かせていただく、その失礼をお許しください。
当院で副院長をしておりました、父藤原俊彦が1月21日に亡くなり、24日にお通夜、25日に葬儀告別式、26日に初七日法要を無事に済ませました。
あらためまして、生前のご厚情を深く感謝申し上げます。
また、お忙しい中、お寒い中、お通夜、葬儀告別式にご会葬いただきました皆様、本当にありがとうございました。
ご香典、お花、弔電など、ご丁重なるご弔意に、心より厚く御礼申し上げます。
私自身、通常の仕事をしながら喪主を務めましたが、弟規生を中心に、家族に私の至らないところをきっちり補ってもらい、立派な葬儀ができて、ほっと一安心しているところです。
お通夜や告別式のご挨拶でも申しましたが、父は亡くなった後、とても綺麗な死に顔でした。
人間は、生まれて、生きて、そして必ず、死にます。
言ってみれば、人生の終わりは「死ぬ」訳ですから、「生まれる」は「死ぬ」の始まりと言えます。
人生の最後を迎える時に、ああいい人生だったなあ、と思える人生の終わり方は最高だと思います。
人間いつ死ぬかはわかりません。
重い病気があって余命宣告されていても、それよりもまだまだ長く生きることもありましょうし、普通に元気だったのに、急に事故や災害などで、不慮の死を遂げることもありましょう。
いつ死ぬかわからないから、いい人生だったと思えるように、死に様よく死ぬ、ためには、生き様よく生きること、「今ここ」を精一杯生きること、父の綺麗な死に顔は、それを教えてくれているような気がしました。
父は一昨年の12月から広島赤十字病院に入院し、後に吉島病院に転院して、入院生活を続けておりました。
父の病気の内容の説明は割愛しますが、入院したその日から、私の母は毎日毎日、暑い日も寒い日も、雨の日も風の日も、一日も欠かさず父のお見舞いに行っておりました。
母の父に対する献身的な愛があったからこそ、入院してから一年以上も長く生きられたように思いますし、思い残すこともなく綺麗な死に顔で人生を終えられたように思います。
音楽家である私の弟は、多くの仕事を置いて東京から広島まで駆け付け、医師の私の目から見たら、もう諦めざるを得ないんじゃないかと思われるような父に対して、最後の最後まで一生懸命マッサージしたり、足ツボを押したりしていました。
父にそっくりの顔の妹は、神奈川県から駆け付け、他愛もない話を最後の最後まで一生懸命父にしておりました。
そうすると、意識がもうほとんどないような父の体が反応して、目を開けて、目が動いたり、下がっていた心拍数や血圧が上昇したりしておりました。
最後の最後でも、家族からの言葉や心だけは通じてもおかしくないだろうと、何となく思われるでしょうが、人間は皆普段の生活もその積み重ねで生きている訳ですし、私たちが行っている医療もその積み重ねで行っております。
私は医師であり、医師も科学者の端くれではありますが、科学的なデータのように目に見える物よりも、愛とか心とか言葉とか笑いとか温もりとか、目に見えない物の方がはるかに大事であると思っています。
母や弟や妹の対応に反応する父を見て、「医療は心だぞ」ということを父はあらためて、身をもって教えてくれているような気がしました。
父は1月21日に亡くなりましたが、その前に私は毎日父の見舞いに行こうとしましたが、14日から20日までの一週間、連日で合計11人の赤ちゃんが生まれるほどの誕生ラッシュで、ほとんど病院に行けませんでした。
私は以前「生まれる命に、死にゆく命。お医者様はそれに寄り添う命。」という言葉を、ある方から教えていただいたことがあります。
もう終わりが近づいている父に会いに行こうとしても、なかなか行けない。
これは
「お前の仕事は死にゆく命に立ち会うことじゃないぞ。」
「生まれる命に寄り添うこと、立ち会うこと、これがお前の使命だぞ。」
という父からの無言の教えだったように感じました。
父が亡くなった後は、22日に分娩が二件あり、23日に骨盤位の経腟分娩が一件あり、24日に予定していた帝王切開が一件あり、24日の夜にお通夜を終え、24日から25日にかけての深夜に分娩が二件あり、25日午前から葬儀告別式を執り行い、26日に分娩が一件あり、26日の夕方に初七日法要を終えました。
その間も通常通りの外来診療を行い、27日には午前外来と分娩一件があり、夕方には私自身の病気のフォローとしての病院受診が無事済みました。
すべて滞りなく終えられたのも、父が守ってくれて、うまく取り計らってくれたのかなぁと思いました。
人間は、死ぬ時は二度ある、と言います。
一度目の死は、心臓が止まって肉体が滅びてしまう時。
二度目の死は、人々の記憶から完全に消えてなくなる時。
そういう意味では、父は永遠に私の中で生き続けます。
心なしか、死んでからの方が、かえって、私の中でより生きてくれているような気もいたします。
父がつけてくれた「紹生」の名前のように、生命を紹介して、命を受け継いで。
心新たに、
『いいお産を日本中に広め、日本を幸せに元気にする!』
その使命を胸に、力強く生きていこうと思います。
今後とも、ご指導ご鞭撻を賜りますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。
医療法人つぐお会 フジハラレディースクリニック

理事長・院長 藤原紹生

2018.01.28  blog

先日、妊婦健診の時に、ある妊婦さんからお話をうかがいました。
その妊婦さんのお知り合いの方が、昨年フジハラレディースクリニックで出産されたそうです。
その方は、次のお産も絶対にまたフジハラで産みたい、と仰っていたそうです。
有難いことです(*^^*)
そしてもう一言。
「フジハラ先生はね。一緒にお産してくれるよ!」
と言われたそうです。
フジハラレディースクリニックを開院以来、今までに3800人以上の赤ちゃんが生まれています。
私は、お産一件一件に対して、すべて真剣に向き合ってきました。
これからもその姿勢は変わることはありません。
私から、妊婦さんに向かって「一緒にお産する」という言葉を用いたことは一度もありませんが、どの人に対しても、いつもそういう気持ちでおつきあいしてきました。
ですから、「一緒にお産してくれる」と受け取ってもらえてるんだなあ、と思うと、涙が出そうになるくらい、大変嬉しく、有難く思いました。
あったかい気持ちにもなれました。
産む主役はお母さん、生まれる主役は赤ちゃん、応援する主役はご家族、サポートする主役は産科医と助産師・看護師です。
「一緒にお産してくれる」
一生懸命サポートしている私たちからすると、この言葉は最高の誉め言葉です。
その気持ちを胸に、これからも全力でサポートしていきます。
いいお産を日本中に広め、日本を幸せに元気にしていきます!
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

2018.01.21  blog

『月刊ザ・フナイ』2月号2018が発売になりました!
赤塚高仁さん、舩井勝仁さん、私の巻頭特別鼎談『「生」と「死」の常識が覆る』前編を是非ご覧ください。
なかなか面白い鼎談になっております

2017.12.29  blog

『お産とコーチング』37~「可能を開く」「無一物中無尽蔵」

コーチングで言うところの「パラダイムシフト」を解説する時に、「あなたがあなたのままで欲しい結果を手に入れる」と説明します。
「パラダイムシフト」とは、「価値観の枠組みを変えること」です。
あなた自身が変わる必要はなく、あなたの物事の見方や捉え方を変えてみるだけで、扱える物の範囲や容量が増え、今まで扱えなかった物が扱えるようになり、欲しい結果へとつながっていくのです。
この状態を「可能を開く」と言います。
「可能を探す」のでも「可能を得る」のでもなく、「可能を開く」のです。
つまり、可能は元々あなたの中にあるのです。
あなたの中にある、閉じていた「可能を開く」のです。
禅の言葉に「本来無一物(ほんらいむいちもつ)」というものがあります。
「人間は生まれながらにして持っているものは何一つない」という意味です。
他には「無一物中無尽蔵(むいちもつちゅうむじんぞう)」という言葉があります。
「何もないところにこそ全ての可能性が秘められている」という意味です。
「本来無一物、無一物中無尽蔵」と並べると、「人間は生まれてくる時何も持たないで生まれてくる。唯一持っているのは無限なる可能性である」という解釈となります。
生まれてきた時、赤ちゃんの時は、誰でも皆、無限なる可能性を持っているのです。
それを成長過程の中で、知らず知らず自分の可能性に制限をかけていっているのでしょう。
お産に関して言えば、フジハラレディースクリニックでお産する人は、怖くない!痛くない!笑顔のつぐお式出産を皆できる、ということは、皆それぞれに自分の中に「お産を楽しめる」可能を元々持っていて、それをちゃんと開いていっている、ということです。
自分の可能性にストップをかけているのは自分です。
もっと言うなら、自分の脳です。
「お産は怖いもの・痛いもの・辛いもの」というパラダイムをシフトして、可能を開き、お産をどうぞ楽しんで満喫してくださいね。
「可能を開く」この言葉を覚えていてくださいね(*^^*)

※過去の記事については、随時アップしていきますのでお楽しみに(^^)/

2017.12.24  コーチング

物事について、どんな広がりのイメージを持つか、人それぞれ自由です。
今日は、「閉じた」イメージと「開いた」イメージ、の話をしましょう。
「閉じた」イメージとは、目には見えないのですが、自分の周りに、囲いや仕切りがあって、閉ざされた狭い空間の中で生きて、生活して、思考している、そんな感じです。
反対に、「開いた」イメージとは、自分の周りに、囲いや仕切りなどなく、どこまでも広がる、広々とした空間の中で生きて、生活して、思考している、そんな感じです。
何となくおわかりいただけるでしょうか?
癌という病気を持っている人がいたとします。
その人が、「閉じた」イメージの世界観で生きていたなら、自分の意識が癌にばかり集中してしまい、癌を進行させてしまうことがあるのです。
その人が「開いた」イメージの世界観で生きていて、山登りしたり、演奏したり、など好きな趣味があれば、私の体の中に癌という病気があることは認める、でも私は、好きなのでどんどん時間を作って山に登るんだ、あるいは演奏を楽しむんだ、と思って生活していると、意識が癌にばかり集中していないので、あまり進行しないことがあるのです。
実は、これは、癌の人などの「生きがい療法」と言われていて、実際に行われている、ある種の治療法です。
このように、「閉じた」イメージではなく、「開いた」イメージの方が、病気など困難な事態は乗り切りやすいのです。
まだ分娩になってはいけない早い時期に、子宮口が開いてきたり、子宮頸管が短くなったりするのを「切迫早産」と言います。
そのような状況になれば、病院の医師からは、入院して切迫早産の治療をすすめられることが多いです。
入院したら、トイレと洗面以外はベッド上安静で、切迫早産治療(張り止めの薬です)の点滴を24時間ぶっ続けで、ずっと毎日行います。
入院した部屋が大部屋だったら、その部屋に入院している人は、全員切迫早産であることが多く、皆24時間点滴を毎日のようにしています。
そういう環境下では、多少世間話をすることはあるでしょうが、口に出すかどうかは別として、自分の意識のフォーカスは、早産するかどうか、今日は大丈夫か?明日はどうだろう?みたいなことばかりになってしまいます。
それは無理からぬことです。
しかし、入院していなかったら、張り止めの薬は飲みながら、なるべく派手に動かないようにして、でき得る限りの安静には気をつけていたとしても、家にいたらいたで、多少の家事はしないといけない、子供の面倒はみないといけない、近所に買い物ぐらいは行かないといけない、とまあ、何だかんだやることはあるものです。
ですから、気にはなるものの、四六時中、早産するかどうかばっかり思ってはいられません。
産科学の常識から考えると、切迫早産の人は、入院管理して、安静度を高め、連日24時間点滴治療をした方が、より早産を防ぎやすい、です。
理論上はその通りですし、何もおかしいことはありません。
しかし、私は今まで出会った妊婦さんで、通常妊娠36週(10か月の初め)から子宮口が開き始めるのですが、30週過ぎから子宮口が開き始め、現状をよく説明し、張り止めの内服薬を飲んでもらい、子宮口がゆるみやすい食べ物(バナナ・ヨーグルト・蜂蜜・カレーetc.)を避けて、子宮口が閉まりやすい食べ物(梅干し・ごま塩・根菜etc.)を毎日食べるように指導し(と言っても開いた子宮口はもう閉じません)、入院せず自宅で過ごしてもらうようにして、予定日頃まで出産にならずにいたケースを一杯経験しています。
妊娠30週過ぎから子宮口が開き始めるのは、正直言って相当早いです。
ほとんどの産婦人科医はその妊婦さんを入院させるでしょう。
同じ人の同じ時期について、入院した場合と入院しなかった場合の2パターンを試してみることができないので、結果の違いを検証することはできませんが、案外入院管理した人で早産してしまう人も多いように感じます。
医学的な理論は全く間違っていないのですが、入院すると、「閉じた」イメージを作ってしまい、早産するかどうかに意識が集中し過ぎて、結果的に早産の方向に進んでしまうことがあるのでは?と推察しています。
切迫早産なのに入院しないで自宅で生活していると、他にやらなければならないことがあるので、早産にばかり意識が集中しない「開いた」イメージの中で生活しているために、だんだん自分の中で「大丈夫そう」と思い始め、そのうち「絶対大丈夫だ」という気持ちにまで至り、結果的に早産しないで正期産の時期まで行けることがあるようです。
その人自らが「絶対大丈夫」と確信していたら、本当に大丈夫なことは多いです。
もちろん、これはケース・バイ・ケースだと思いますので、入院するより自宅で過ごす方が、結果的に絶対によい、とまでは言えません。
ただ言えることは、八方塞がりのような、袋小路のような、「閉じた」イメージを持って過ごすよりも、どこまでも広々としている「開いた」イメージで過ごす方が、何事も結果的に良い方向に進みそうです。
今日は、「閉じた」イメージと「開いた」イメージ、のお話でした(*^^*)

2017.12.23  コーチング

先日、ある妊婦さんと健診の時お話しました。
その方は、フジハラレディースクリニックで3回お産されていて、今4人目のお子さんを妊娠中です。
毎回ラクに楽しく出産できるので、「毎月出産したいです」を私に仰っているほどです。
その妊婦さんが、他の病院で出産されたお友達との会話を教えてくれました。それは、以下のようなものです。
「お産はラクで楽しいけど、つわりの方がしんどいわ。」
「ええー?お産の方がしんどいよ。死ぬかと思ったよ。」
「でも、フジハラで3回産んだけど、毎回ラクだったよ。」
「アンタはね。どこで産んでもラクに産める、そういうタイプなんよ。」
「お姉ちゃんもフジハラで2回産んでるけど、お姉ちゃんもラクだったよ。」
「じゃあ、アンタんとこは、ラクに産める、そういう家系なんよ。」
という感じで、フジハラでは皆ラクに楽しく出産する、というのを全然信じてもらえなかった、とのことでした。
どうしても認めたくないのでしょうね(*^-^*)
それを聴いた私は、「その人自身がうちでお産してもらわないと、信じてもらえなさそうだね。」と言って笑いました。
確かに、一般的には、どこで産んでも、誰が産んでも、お産は怖い・痛い・辛い、というのは、定説になっていて、楽しめたり、幸せに感じたり、はなかなかないようです。
そのように固定観念化されていると、多くの方々の、お産に対するイメージは、なかなか変わり様がありません。
また、お産をされた方は、「お産は楽しいよ」「すごく素敵で幸せなものよ」と言うより、家族や友人に対しては「こんなに大変なのよ」「アンタも覚悟しといた方がいいよ」みたいなことを言いたい、そんな感じになっているのかもしれません。
私は、当院に通う妊婦さんたちには「いいお産のための3つのアドバイス」や「いいお産のための3つのコツ」をお伝えすることにより、具体的に現実的に、いい意味での、いいお産へ導くお手伝いをしています。
それらを実践することにより、いいお産へ確実に近づき、その方が楽しめて幸せを感じ、満足感を得られるように必ずなれると思います。
『成功恐怖』という言葉をご存知ですか?
例えば、ダイエットを試みる人、大半の人が失敗します。
職場でも、皆が食べる3時のおやつにも手を付けず、ずっと頑張ってきて、もう少しで目標体重まで下げることが達成できそう、そういうところまで来ているのに。
「今日くらいいいよね!」と言って自らあっさり3時のおやつを解禁してしまう。
周りにこういう人よくいるでしょう。
ダイエットに失敗する人の方が大半なので、その他大勢の安住の地の方へ行ってしまうんです。
「うまくいくことが怖い」「現実化してしまうことが怖い」
こういう心理状態のことを『成功恐怖』と言います。
そのままシンプルに素直に続ければ、必ず成功するのに、それが何だか怖くなってドロップアウトしてしまうのです。
物事全てがそう、という訳ではないんですよ。
子どもの頃、生まれて初めて補助なし自転車に乗った時は、何回も転んだり失敗したでしょう。
でも、誰もが大体そうであるように、いつからか普通に自転車に乗れるようになります。
もしも世の中の大半の人が、大人になっても補助なし自転車に乗れないものなら、安住の地である、乗れない方に行ってしまうでしょう。
お産に関しても、「ラクに楽しく産めた」という感想が、世の中的には極めて少数派であるために、大半の人がその方向に進めず、認めたくもないのでしょう。
しかし、ラクで楽しいお産の方がいいですよ。
そういうお産の方が、良かった!また産みたい!という気持ちにもなれますし、産んだ後に始まる、子育ても家族づくりもスムーズです。
あなたも、「脱・成功恐怖」でラクで楽しいお産を! 素晴らしい人生を!

2017.12.21  コーチング

12月9日は、フジハラレディースクリニックのクリスマス会『みんな DE ほのぼの X’mas 2017』を開催しました。
例年は、『落語 DE X’mas』と題して、私が落語をやったり、ゴスペルがあったり、他の演奏や出し物があったり、とやっておりましたが。
今回は、皆で楽しもう!というコンセプトのもと、今までと趣向を変えて、チラシやポスターを作ったり、『院長のひとり言』やFacebookやインスタグラムに繰り返し投稿し、告知してきました。
大勢の人に集まってもらいたい!という気持ちはありましたが、実際にはどれぐらい集まるんだろう、50-60人は来てもらいたいな、最少でも30-40人来てくれるかな、と思っておりました。
しかし、当日は、人人人人人人人人・・・\(^o^)/
小さな赤ちゃんやお子さんまで数えれば、軽く200人以上はいた感じ。
ものすごく大勢の方々に来てもらいました。
本当にありがとうございました(*^^*)
玄関でご参加の皆様に、パーティー用のとんがり帽子とクラッカーを配り。
まずは、私のトロンボーンによる『Joy To The World(もろびとこぞりて)』のファンファーレ風?で始めて。
私の「せーの!」の掛け声で、皆で「メリークリスマス!」クラッカーを鳴らしました♪
当院で出産されたお母さんたちに、出産の感想をマイクで喋ってもらいました。
母親学級で流している当院の出産や座談会のDVDに登場している人たちもいて、オー!という歓声。
フジハラで出産した人たち同士、初めてあった人同士でも、楽しく賑やかにワイワイガヤガヤ。
出産を終えたお母さんが今妊娠中の方に「大丈夫よ~」「先生は神じゃけぇ安心して」とか直接話しかけてる人もいました。(神ではないですけどね(*^-^*))
生後3日の赤ちゃんとお母さんも登場したりして(入院中、ってことです)大盛り上がり。
「先生うちの子供抱っこして写真撮って!」「重たいから早くシャッター押して!」「皆でアイーンの顔して写真撮ろう」とか、何だかお祭り騒ぎです♪
三滝ハンドベルクワイアの演奏は、華麗で上品で素晴らしかったです。
むささび農園さんの有機栽培のお米や野菜の販売、P.BERRYさんのカフェインレスコーヒーの試飲&販売、レトワールフリヨンの天然酵母パン販売、当院スタッフのミニ玄米むすび&マクロビクッキー、アクセサリー、バスソルトの販売、骨盤整体。
ぜ~んぶ盛り上がっておりました\(^o^)/
あるお母さんから、
「ここで皆楽しいお産ができたから、皆ここに集まりたいんですよ♪」
と言われました。
本当に有り難いことです(*^^*)
ご参加の皆様、ありがとうございました。
是非また遊びに来てくださいね!(^^)!

2017.12.12  イベント

「産む機械」発言というのを覚えていますか?
これは、2007年1月当時の柳澤伯夫厚生労働大臣が『これからの年金・福祉・医療の展望について』を議題について講演した際に、少子化対策についての話の中で、女性を産む機械に例えた発言をした、と報道され、ニュースやワイドショーではかなり批判されました。
実際の講演では、「機械って言っちゃ申し訳ないけど」「機械って言ってごめんなさいね」という言葉を挟みつつ、「15‐50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは頑張ってもらうしかない。」というものでした。
比喩としては問題があったと思いますが、「女性は産む機械だ」と言おうとした訳ではないので、そこだけを切り取って、反政府のマスコミや野党の格好の餌食となり、今流行りの?「偏向報道」がなされた訳です。
言うまでもなく、出産するお母さんは「産む機械」ではありません。
前回までは他の病院で出産して、今回初めてフジハラレディースクリニックで「つぐお式出産」を体験されたお母さんは、口々にこう言われます。
「初めて『産んだ』気がする!」と。
このように言われないことはないぐらいです。
私が「今までのお産はどうだったの?」と聞くと、
「今までのは『終わった』って感じ。」そう言われます。
赤ちゃんを産んだ後に、『終わった』と思うのと、『産んだ』と思えるのは、かなり違った感想です。
『終わった』というのは、何か嫌なものや苦しかったものが、やっと終わってくれた、という感じ。
『産んだ』というのは、まさにそのまま、産んだ、という感じです。
感じるというのは、自然で素直な心のあり様なので、やっと「終わって」くれた、と感じた人に、「産んだ」と思え、と言ってみたところで、それは無理なことでしょう。
同じお産を経験するなら、「終わった」ではなく、「産んだ」と思えるお産をやってもらいたいものです。
お父さんお母さんを選んでやって来てくれた赤ちゃんに感謝し、妊娠中から家族づくりが始まっているので、お腹の中の赤ちゃんに毎日一杯話しかけて、お産の時には陣痛を体感できることに感謝し、「ありがとう」や「ハッピー」をテーマに、赤ちゃんが産道を通って生まれてくれる様子を全部味わってみたら。
「産んだ」と思えるお産を体験できるでしょう\(^o^)/
お産は、誰がやっても何処でやっても、お産はお産。
陣痛が始まり、赤ちゃんが産道を通って、生まれるものです。
コインの裏表の例えのように、物事は見ようと思う景色に必ずなるものです。
妊娠出産は、人生の縮図と言われます。
それぞれの人に、それぞれの家族に、それぞれのドラマがあります。
全てを味わい尽くしましょう。
機械のように「終わった」ではなく、「産んだ」と感じられるように(^^♪
次回もまたどうぞお楽しみに(*^^*)

2017.11.19  コーチング