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ブログ Page 8|広島市安佐南の産婦人科 フジハラレディースクリニック

TEL 082-850-1815

フジハラレディースクリニックでは、妊婦さんに「どんなお産がしたいですか?」という「バースプラン」を書いてもらっています。
母親学級では、私がリードして「お産を『どう』または『何をして』楽しみますか?遊びますか?」というワークをやっています。
ここで得られる回答は「バースプラン」というよりも「バースデザイン」と言った方がいいかもしれません。
一般的に、「プラン」は「計画」「設計」を表し、頭の中で考える程度の浅いものが多く、「デザイン」はアイデア的な意味合いが強く、価値観に基づくものも多い、とされています。
だったら、やっぱり「バースプラン」よりも「バースデザイン」の方が良いのかなあ。
妊婦さんに書いてもらった中には、色々なものがあり、「甘えるとダメになるので分娩進行中も厳しく指導してください」と書く人もいますが、「叱られると凹むので、褒められると伸びるタイプなので、どんどん褒めてください」と書く人もいます。
前回も述べましたが、私は厳しくしているつもりは特にありませんが、分娩進行中は、わかってもらえるような説明をして、できている状態を認めてあげてから、褒めるようにしています。
実際の分娩進行中に、私やスタッフに「心細いので離れないでずっと傍にいてください」という人もいますし、ご主人様に「ずっと優しい声をかけて!」とか「ずっと腰をさすって!」などと言われる方もいます。
まあ、フジハラで産む人は。明るくて元気でたくましい人が多いので、こういう人は少ないですけどね。
「いてくれないと困る!」「かまって!」「何かして!」という風に、どんどんエスカレートしていくと、その人の依存心が高まり、その人自身はどんどん弱くなっていってしまいます。
依存心は、人間を弱くさせ、時には病気にもなりやすくします。
人間は、他人から頼られれば、嬉しくなったり誇らしく思えたりイイ気分になったりしがちですが、適度な関係性を保っておかないと、相手の依存心を作り高めてしまいます。
ですから、医師や先生など頼られる立場にいる人は、相手のことを思えばこそ、相手に依存心を作らせないように注意して、きちんと立場を取っていかなければなりません。
特にお産の時などは、妊婦さんが依存心が高まり、すごく弱気に陥ってしまうと、赤ちゃんにもそれが敏感に伝わり、赤ちゃんはビビってしまうのです。
そうすると、赤ちゃんは分娩進行中にやや尻込みしてしまい、うまく進んでくれなくなることもあります。
分娩進行中のお母さんは、お腹の中の赤ちゃんに向かって、
「お母さんは陣痛が強くなっても全然平気だからね。あなたは何も気にしないでどんどん進んで生まれてきてね!大丈夫だから!」
と、ドーン!と強くて広い気持ちで赤ちゃんに接してあげることが大切です。
私は、妊婦さんたちには、弱気は禁物!強気で行こうね!といつも言っています。
「産む」主役はお母さんですからね。
時々、悪気はないのですが、口の悪いお母さんで、こういうことを言う人がいます。
「旦那は居ても何の役にも立たないから、居てもいなくてもいいけど。先生にはずっと傍に居て欲しいんです!」
私は、頼りに思ってもらえるのは有難いことですが、そういう人には、こうご返事します。
「こらこら!居てくださるご主人様に対して、役に立つとか立たないとか、そういうんじゃなくて。『何もしてくれなくてもいいの。産むのは私だし生まれるのは赤ちゃんだから。何もしなくても、いてくれて見守ってくれてるだけでいいの。』そう言ってあげなさい!」
そうすると、皆「は~~い」と低音で返事をしています。
お産は、「産む」主役はお母さん、「生まれる」主役は赤ちゃん、「応援する」主役はご家族、「サポートする」主役は産科医とスタッフ、です。
依存心を持たず、「産む」という強い気持ちを持って、ご家族に対しては、「いてくれるだけでいいの」「ありがとう」という感謝の気持ちを持ちましょう。
次回もお楽しみに(*^^*)

2017.11.17  コーチング

お産について言えば、「産む」主役はお母さん、「生まれる」主役は赤ちゃん、「応援する」主役はご家族、「サポートする」主役は、私たち産科医や産科スタッフです。
分娩室で、お母さんが落ち着いて上手にできている時、サポートする主役の私は、お母さんをものすごく褒めることがあります。
お上手~!落ち着いてるね~!素晴らしい!グッド~!etc.etc.
賞賛の嵐です\(^o^)/
反対に上手くできてない人には、褒めません。
できてないよー!全然ダメ~!顔が怖いよ~!etc.etc.
ええ~先生ひどい!頑張っているお母さんにダメ出しはひどいんじゃない!と言われる方もおられると思いますが。
まあまあちょっと落ち着いて聴いてください(*^-^*)
産科医や助産師でも、お産の時に、お母さんがあまり上手くできていない時でも、やたら褒める人がいます。
いいよいいよ~。大丈夫大丈夫~。できてるできてる~。etc.etc.
本当にできていればいいのですけど、上手くできていない時にもそう言われると、お母さん自身も決して上手くできているとは思っていないはずなのに、何が良くて、どこが大丈夫なのか、おそらく、ちんぷんかんぷんでしょう。
私もやっていますし、褒めるのが全ていけない、とは思いませんが、上手くできるようにリードしてあげもせず、取り繕うようにただ表面的に褒めるのは無責任ですし、お産するお母さんに対してもかえって失礼というものでしょう。
子育ての分野でも、一昔前は「褒めて育てるのがいい」とされていましたが、最近では「褒めて育てると、子どもは伸びない」とも言われています。
子どもは、褒めて育てられていると、褒められることしかしない、人の顔色をうかがう、自分で「いい」「悪い」が判断できず、決定できない、本当の価値がわからない、となってしまう可能性があります。
じゃあどうしたらいいの?ということになりますと、「褒める」よりも「認める」。
「褒める」と「認める」は、似て非なるものです。
簡単な例文を示しますと、子どもに対して「お手伝いできてエライね。」(褒める)という相手に対する評価、ではなくて、「お手伝いしてくれて助かった。ありがとう。」(認める)という自分の気持ちを伝えることにより、褒めてもらえるからやるお手伝い、ではなくて、お手伝いをしたことによりお父さんお母さんの役に立った、お手伝いの価値を実感する、ようになります。
「褒める子育て」ではなくて「認める子育て」を実践することにより、自発性のある子、創造力のある子、コミュニケーションのある子、責任感のある子、に育つようになると言われています。
これは、大人に対しても同じようなことが言えるでしょう。
岸英光さんの著書『ほめない子育てで子どもは伸びる』の「はじめに」の中に、次のような文章があります。
「ほめる」は一般的にはよいこととされています。
企業では「部下のほめ方」が研修で行われ、書店には「ほめる技術」がノウハウ書の上位にあり、ちまたでは「夫をほめる講座」まで開かれている世の中です。それらは一見、うまくいきそうな感じがします。
でも、ほんとうにうまくいっているのでしょうか?
無理矢理いいところを見つけて、ときには心にもない台詞を言うことや、相手を操ろうとする意図が見え隠れする、そこにほんとうの信頼関係があるのでしょうか?
私的には、『褒める』ことが全くもって悪い、ということはないと思っていますが、ただ無責任に褒めるのではなくて、きちんと『認めて』から『褒めて』あげるのがいいと思います。
例えば、お産の時に、あまり上手くできていない人がいたならば。
一つひとつマスターしていこう!
まずは呼吸、ゆっくり長く吐いて、吸うときは短く吸って、短く休んで、また長く吐こう!
呼吸が整うと、体も心も整って楽になるよ。
返事をしたり、会話をしたりすると、落ち着けて楽だよ。
目を開けている方が絶対楽だよ。
めっちゃ笑顔でやってごらん。痛みも楽になるから。
などなど一杯声をかけてあげて、上手くできるようになったら、思いっきり褒めてあげたらいいんじゃないでしょうか。
だから、サポートの主役である私は、お産の時は大忙しです。
上手くできているお母さんには、ただ褒めるだけですが、上手くできていないお母さんには、叱ったり、冷静にさせたり、コツを教えたり、盛り上げたり、持ち上げたり、褒めたり、なかなか大変です。
色々言っている間に、だんだん落ち着いて上手くできるようになる人がほとんどですが、中には言っても言っても上手くできず、そのままお産が終わってしまう人もいます。
そうなると、残念ながら?先生に叱られっぱなしで終わった、と言われることもあります。
私としては、その人が舞い上がって落ち着かず、上手くできていなくても、最後の最後の1分だけでも、たった30秒でも、アップセットから降りられ、着地(グラウンディング)できて、赤ちゃんが生まれ出る瞬間を実感できたなら、お母さんの満足度はグンと上がることになります。
その一瞬を信じて、私はお母さんにギリギリまで一杯声を掛けます。結構必死です(*^-^*)
一生懸命喋り続けたら、この人はきっとわかってくれるはず、その思いでやっています。
妊婦さんたちも私を信じてついてきてくれているように、私も妊婦さんたちを信じています。
「褒める」だけでは、本当の信頼関係は生まれません。
今日は、「褒める」よりも「認める」、というお話でした(*^^*)

2017.10.24  コーチング

いやあ、最近めっきり寒くなったので、鴨鍋であったまりたいねえ、という話じゃないんですよ(*^-^*)
鴨鍋に日本酒でもあれば嬉しいですが、それはまあさておき。
相手を良い結果に導きたい時に、「絶対できると信じましょう」とか「自分はできると唱えましょう」と言う人がいますが、それは大体うまくいきません。
自分に対しても同じです。
分娩進行中のお母さんに対して、こちらから「落ち着いてやりましょうね~」とか「お産を楽しみましょう!」などと言った時に。
「ハイ!わかりました!」「楽しみます!」と軽やかに返事ができる人は、結果的に落ち着いて楽しいお産ができているようですが。
そうではなくて。
自分で自分に向かって言い聞かせるように、「落ち着いて落ち着いて落ち着いて」とか「できるできる」「楽しむ楽しむ」などと言っているお母さんたちは、あんまりうまくできないことが多いです。
価値観を無理矢理変えようとしても、特定の見方や考え方を無理に刷り込もうとしても、急にそのようにはシフトできないものなんです。
例えば。
陣痛があったら、それを耐えなければいけない、戦わなければいけない、ということは、そもそもありません。
陣痛があったら、苦しい顔をしなければいけない、ということも、もちろんありません。
「落ち着いて落ち着いて」とあまり思ってもいないのに自分に言い聞かせるよりも、軽やかに「ハーイ楽しみまーす」と言えれば、すごく楽にお産することができます。
それができないのよ、という方には、「かも」のススメです。
陣痛がある時に、自分に一杯「かも」を出してみましょう。
落ち着いてやってみてもいいかも。
楽しんでもいいかも。
ビデオ撮りながらお産してもいいかも。
吹き戻し吹きながらお産してもいいかも。
クラッカー鳴らしたりくす玉割ったりしてもいいかも。
めっちゃ笑ってやってもいいかも。
思いっきり遊びながらやってもいいかも。
ね。素敵でしょ。
「かも」は、「ねばならない」という窮屈さは全くなく、軽やかなものです。
「かも」は、魔法の言葉ですね。
困った時は、「かも」でブレークスルーしちゃいましょう!
イェイ\(^o^)/

2017.10.19  コーチング

赤ちゃんがやって来てくれた喜びはあると思いますが、お産については不安に思っている妊婦さんも多いことでしょう。
これまで、コーチングセンスとして「分別」「横に置く」についてお話したことがあります。
「お産について不安に思うこと」と「いいお産ができるかどうか」は別のことです。
不安に思っていても、満足いく楽しいお産はできることもありますし、不安に思っていなくても、満足いくお産はできないかもしれません。
この考え方や捉え方を「分別」と言います。
本当の意味での、「有ること」と「ないこと」にきちんと分ける考え方です。
とかく人間は、結びつけなくてもいい事柄と事柄を、頭の中で結びつけて、勝手に結論を決めてしまう傾向があります。
「分別」できたら、この不安を「横に置いて」おけば大丈夫です。
不安な気持ちがないのであれば、それはそれで楽チンです。
例えば、子どもの頃、補助なし自転車を初めて運転した時は、誰でも皆、転ぶんじゃないか、転んだら痛いんじゃないか、という不安と恐怖感で一杯だったでしょう。
やっぱり転ぶし、転んだらやっぱり痛いし。
でも大人になって、補助なし自転車に乗って、転ぶんじゃないか、痛いんじゃないか、と不安や恐怖一杯の人はあまりいないでしょう。
で、転ばないでしょう。
大人になっても、転ぶんじゃないか、転んだら痛いんじゃないか、と思っていたら、多分転ぶんじゃないでしょうか。
だから、不安に思っている方がうまくいかない、というのもあると思います。
しかし、不安であれば、必ずうまくいかない、ということはない訳で。
お産に対する不安感や恐怖心に、特別あがらうことなく、「不安でもいいんだよ」「怖くてもいいんだよ」「緊張してもいいんだよ」という気持ちで臨めばいいと思います。
「横に置く」というのは、打ち消している訳ではなく、「持ったまま」ということなのですから。
例えば、私はお産は不安だ、怖い。ハイ。マル。オワリ。
私は、いいお産をする!お産を楽しむ!
こんな感じです。
いかがでしょうか(*^^*)

2017.10.05  コーチング

「身の丈に合う」という言葉があります。
これは「衣服などが背丈、体の大きさにぴったり合っている様など」を意味する言葉で、転じて「分相応」という意味でも用いられます。
「身の丈に合った生き方」と言うと、自分自身をよく知り、謙虚さもあり、わきまえた、その人にちょうど合った生き方、ということになり、いい生き方のような感じがしませんか?
確かに、悪い言葉ではありませんが、コーチング的にはちょっと物足りない感じ(*^-^*)
だってそうでしょう。
今まで生きてきて、大体自分はこんな感じ、こんなもんだ、と決めてしまっている訳で、もしかしたら昨日までの自分より、今日からの自分はもっと違うかもしれない。
もっと大きなことができるかもしれないし、もっと元気かもしれないし、もっと輝いているかもしれない。
昨日までの自分を見て、「自分はこんなもんだ」と決めつけて「身の丈に合った生き方」をしていたら、これから上昇できるかもしれない可能性を、そこで止めてしまうかもしれないのです。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」という言葉があります。
これは「欲を出して同時に二つのことをうまくやろうとすると、結局はどちらも失敗する」という例えで、「一つの物事に集中せずあちらこちらに気を取られることへの戒め」の意味で使われることも多いです。
確かに、悪い言葉ではありませんが、やっぱりコーチング的には物足りない(*^-^*)
「一兎だけを追っても一兎も得ない」かもしれませんし、「二兎を追わねば一兎も得ない」かもしれません。
「二兎を追って二兎とも得られる」かもしれませんし、「二兎を追ってたら三兎目も四兎目も得られる」かもしれませんよね。
「身の丈に合った」「二兎を追う者は一兎をも得ず」的な考え方が、全く悪い訳ではありませんが、もしかしたら自分の可能性を狭めていることもあり得る、と思います。
前に、「自分」「私」というパラダイムのお話をしました。
案外、自分が自身のことを一番わかっているつもりで、一番わかっていないかもしれません。
そして、自分の脳が、自分の可能性を一番制限しているかもしれません。
例えば、自分は痛みに弱いタイプだし、前のお産の時も騒いだから今回も騒ぐに決まっている、お産を楽しもう!って言われても私はできる訳ないし、世界で一番幸せなお産なんて無理無理、など。
自分の価値をディスカウントする必要などありませんよ!!
身の丈に合ってなくても、身の程知らずでもいいんです。
二兎も三兎も四兎も五兎も追ってもいいんですよ。
お産の時は、家族全員に立ち会ってもらって、仲の良い友達も呼んで、とんがり帽子を被り、パーティー気分でクラッカー鳴らしたり、くす玉も割ったり、写真撮ったりビデオ撮ったり、赤ちゃんが生まれたら皆でバースデイソング歌ったり(^^♪
全部やっていいんですよ。
何にも遠慮することなんてありません。
コーチングセンスを存分に生かして、思いっきりお産を楽しみましょう!イェイ\(^o^)/
次回もお楽しみに♪

2017.09.17  コーチング

妊婦さんに「遠近感を利用してお産を見てみよう」と言うことがあります。
それはどういう意味かと言いますと、お産が始まった時「陣痛」にばかり意識が集中していると、段々苦しくなってくることがあります。
当院で伝説的なお産をした方で、出産するお母さん自らビデオカメラを手に持ち、股にあてがって赤ちゃんが生まれ出るところを撮影した人がいます。
よくそんな余裕があるなあ、と思う方もおられるでしょうが、この方は陣痛が始まって入院してみて、ちょっと余裕があるからビデオを自ら撮影しながらお産してみようかな、と思ったのではなくて。
陣痛が始まる前から、入院する前から、今回のお産は自らビデオを撮りながらお産してみよう、と決めていたのです。
入院して余裕があったからビデオ撮影したのではなくて、やることを決めていてビデオ撮影を実際にしてみたからこそ、余裕が生まれたのです。
通常は自分のお腹が邪魔して、出産中のお母さんからは赤ちゃんが生まれ出ていくところは見えないのですが、ビデオを撮影中はモニターに映っているので、お母さんも赤ちゃんが出ていくところがリアルタイムに見れるのです。
陣痛があって赤ちゃんが生まれてくれる訳ですから、ビデオを撮っていたって陣痛の強さや痛さがなくなることはありませんが、その強さや痛さよりも、わが子が生まれ出ていくところを見れることの喜びや感激が勝ってしまって、すごく楽しいお産ができてしまうのです。
だから、余裕のある人が余裕のあるお産ができる、のではなくて、余裕を作る人が余裕のあるお産ができるのです。
「集中」と「分散」という対語があります。
物事に集中するのはいいことですが、集中しすぎて周りが見えないことは良くないことです。反対に、周りにばかり気がいってしまって、肝心なことに集中していないのも良くないことです。
例えば、適当な距離を持ってピンポン玉を見たら、ああピンポン玉だな、と大きさも感じも認識できるともいますが、いきなりピンポン玉が目の前直前に現れたら、ああーー!!ってびっくりしてしまうでしょう。
でもそれを離れて見れば、何だピンポン玉か、と思う訳です。
「遠近感を利用してお産を見てみよう」というのは、陣痛ばかりに集中しないで、余裕を持ってお産を見てみよう、ということです。
それは、ビデオカメラで自ら撮影するのでなくても、お産をどう楽しもうかなあ、どう遊んじゃおうかなあ、三角帽子被ってパーティー気分でお産しちゃおうか、赤ちゃん生まれた直後にくす玉割ってバースデイソング歌おうか、などなど、楽しいことを考えたりやってみたりするだけで、余裕は簡単に作れます。
それにストップをかけているのは、あなたの脳ですよ。
パラダイムシフトのお産! 実践しましょう! 楽しみましょう(^^♪

2017.09.10  コーチング

妊婦健診や母親学級で「いいお産をしましょう!」「お産を楽しみましょう!」と言うと「ハイやります!」とか「ハイできます!」と明るく元気に答える妊婦さんも多いですが、一方で
「あの人たちにはできても、私にはできるかどうか…」
という人もおられます。
あの人たち、というのは、母親学級で妊婦さんに見てもらっている、当院の実際の出産シーンのDVDで登場するお母さんたちのことです。
そのお母さんたちは、皆さんニコニコして落ち着いて、明るく楽しいお産をしています(^_^)
ここでもやはり、「私」というパラダイムが邪魔をしているようです。
出産する病院や、立ち会ってくれる医師が違うなら、その不安もまだわかりますが、同じクリニックに通い、同じように妊婦健診や母親学級を受けて、同じ分娩室で、同じようにLEDのカラー照明があり、同じソフロロジーのBGMがあり、同じ医師に立ち会ってもらい、スタッフも同じであれば。
あの人たちができたなら、私にもできるはず!できて当たり前じゃん!
と思ってもいいような気もしますが、「私にはできるかどうか…」となってしまう人がいるんですね。
意識や言葉というのは面白いもので、物事を「できる・できない」というモードで考えたり言ったりしていると、「できる」人と「できない」人を作ってしまいます。
そういう捉え方は、自分の目の前に、知らず知らずハードルを作ってしまい、結果的にそのハードルを越えられず、「できない」ということになってしまうことが多いのです。
結果的に「できる」人は、物事を「できる・できない」のモードで捉えておらず、「する・しない」のモードで捉えています。
当院で出産される大半の方々は、いいお産・楽しいお産を「できる・できない」ではなく、「する・しない」で捉え、ただ「する」を選択されています。
だから結果的に、笑顔のつぐお式出産がニコニコとできちゃうんです。
考え方や発想がシンプルだったり楽だったりしないと、実際行うことも簡単になったり楽になったりしないものです。
世間的には、お産は「鼻から西瓜出すほど痛い」「一回死ぬよ」「二度と産みたくない」と言われることも多いですが、もしかしたら、お産を窮屈にさせたり、辛く苦しくさせているのは、自分自身の捉え方かもしれません。
いいお産・楽しいお産を「できる・できない」ではなく、「する・しない」で捉えてみましょう。
自分の目の前にある、高いハードルを取り除いて、楽しく楽チンにお産してみましょうね。
次回もお楽しみに~(*^^*)

2017.08.30  コーチング

妊婦さんとお話していると
「自分は痛みに弱いタイプだから」とか「私はビビリだから」
という人がいます。
自分で自身のことを分析するのはいけないことではありませんが、人は果たして一体どこまで自分のことがわかるものなのでしょう。
他人のことより自分のことの方がわかりづらく、もしかしたら永遠にわかり得ないものなのかもしれません。
まあ哲学的なことは置いといたとしても、自分で自分のタイプを決めつけてしまって、そのために力を発揮できないとしたら、それは勿体ないことでしょう。
お産に関しても、「痛みに弱いから」「ビビリだから」と最初から決めつけて思い込んでしまっていたら、おそらくほぼ確実に、怯えて怖がって騒いで、というお産になってしまうことでしょう。
「自分は痛みに強いタイプ」と思っている人も、実は同様なことが起こってしまいます。
実際の陣痛を経験してみて、私は痛みに強いタイプのはずなのに、この私が耐えられないなんて、これは尋常ではない何か異常なことが起こっているのでは?と、どんどんどんどん不安になっていってしまって、結局大騒ぎのお産になったりもします。
最初から「自分は〇〇」「私は△△」というパラダイムさえなければ、いいお産はできやすいですし、どちらかと言えば、そのパラダイムがいいお産になるのを邪魔している訳です。
コーチング的には、意識の中の文法では「自分」「私」は「否定語」になり得る、というお話をします。
例えば、急にある会の司会をやれ!と言われて「困ったなあ。自分は司会なんかやったことないし、元々人前は苦手だし。喋るだけじゃなくて、仕切ったりもしないといけないし。他の人にはできても、私はそういうタイプじゃないんじゃないかあ。」などと思ったとしましょう。
そういう時に、まあアナウンサーと比べるのは難しいかもしれませんが、笑福亭鶴瓶さんだったら、明石家さんまさんだったら、くりーむしちゅーの上田普也さんだったら、どんな感じでやるだろう、などと主語を置き換えてみましょう。
「そうねえ。鶴瓶さんだったらこんな感じで司会するかなあ。さんまさんだったらこういう感じで盛り上げるでしょうねえ。」
楽に色々案が出てくるかもしれません。
「自分」や「私」だったら、発想に限界があっても、それを他人に置き換えて想像してみたら、突破口が開けることもあります。
本当の自分を観るためには、ちょっとだけ「自分」を抜け出してみるのもいいんじゃないでしょうか。
ちなみに、そもそも「痛みに弱いタイプ」も「痛みに強いタイプ」もありません。
え?ないの?な~んだ、そうなの。と思ったら、何か力が抜けませんか。
頭で決めつけて頭でっかちにならず、心で感じて気楽にやりましょう。
次回もお楽しみに(*^^*)

2017.08.24  コーチング